[意識] 2000.2.14-2.16 <ABRI>
米原敬太郎
Keitarou Yonehara
■Profile 1974
1993
1994
1996
1997
1999
2000年 京都に生まれる
多摩美術大学入学
原付で日本一周
(聖地と呼ばれるところにはそれなりのわけがあるに違いないと、
これ以降、日本中の聖地という聖地を一通り訪れる。
1995からは旅のスタイルをツーリングから登山、バックパッキングに変更)
井筒俊彦著「意識と本質」を読み、感銘を受ける
多摩美術大学卒業
京都市立芸術大学大学院入学
京都市立芸術大学大学院修了
大阪市内にある某デザイン事務所にグラフィックデザイナーとして勤務しています。
美術家としては、京都を活動の拠点として、インスタレーション、パフォーマンス、写真、彫刻、絵画、インターネット、と幅広い表現手法を用いていますが、一貫したテーマとして人の心の奥深くにある永遠の神秘を解き明かすことを問題としております。
これからもビジネスとしてコマーシャルの仕事をこなす一方、ライフワークとして美術活動を地道に続けていきたいと考えています。【Message】 永遠、荘厳、崇高、忘れかけていた世界を取り戻すために、記憶の最も深いところをさまよい歩く。 【Message from OU】 学生時代、全国の聖地を求めて日本一周をしたと言う彼の作品づくりは、直感ではなく、インスピレーションを必要とすると言う。聖地(インスタレーション)と儀式(パフォーマンス)のふたつの原理を美術作品に導入してきたという 過去の彼の作品には、光のパフォーマンス(儀式)が数点存在する。今回は、彫刻展ということで、石膏を使ったインスタレーション つまり彼の言う聖地である。
ギャルリ・ウーでも、過去、インスピレーションを必要とした作家、フランスのマリーン・ブルジョワを紹介したことがあるが、彼女のVTRは、まさに、鳥肌が立つくらいのアーティスティックな聖地の儀式であったことを思い出した。同時に、インスピレーションを必要とする作品は、見る側にも高度な精神性を持たねばならぬのかと考えてしまった。
「人間の五感をいたづらに刺激することや削除することが、身体から精神への志向の転機になるのだろうか?少なくとも、そうとは限らない。天と地と人間がそこにあるなら他に何もいらない。」と彼は言うのだが・・・。
(平尾恭子)
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